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2006年6月29日 (木)

勇気と決断

勇気と決断

印象は似ているけど

全く違うものだと思う

何かを決断する勇気があればそれでいい

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2006年6月27日 (火)

大切な物

こんな夢を見た

ある老人が僕に「人類の宝物はなんですか?」

と聞くんだ

僕は「子供達の笑顔」

と答えた

老人

「その宝物を守ることを忘れないでください」

といって消えてしまった

本当に不思議な夢だったあの老人は誰なんだろう?

…ひょっとして神様?

もし神様なら結論を聞いてください

「子供達の笑顔は未来の光です」

…少しかっこつけてしまいましたごめんなさい

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2006年6月26日 (月)

タカさんの挑戦

4月から来たスカッシュの元日本ランキング32位だったKコーチに挑戦する機会が予定より早く訪れました。

20分間のゲームパートナーだったのですがかなりきつかったです。

最初のうちはラリーも出来ていてかなり決め球も決まっていたのですが時間がたつにつれて疲れて雑になってラリーをしなくなりすぐに決めにいってミスが多くなってしまいました。

後半になり「ラリーをしなくてはいけない」と気付きラリーを心がけたのですが完璧にコーチのペースにはまってしまいあとの祭りでした。

アドバイスは「力には力ではなくいなすようにすればもっと良くなる」と、あと「後半にペースダウンするのでサーキットトレーニングをしたほうがいい」いわれました。

サーキットトレーニング…俺、嫌いなんだよな…。

でもそれをやって少しでもうまくなるならそれも幸せに変わるかもしれないのでがんばります。

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2006年6月23日 (金)

選手のみなさんお疲れ様でした。

ドイツでの試合本当にお疲れさまでした。

先制したときは、もしかしたらなんて夢を見ましたがやはり実力no.1のブラジルですね。

勝たせてはくれませんでした。

本当に悔しいです。選手でもない俺が悔しいのだから選手のみなさんの悔しさは計り知れないと思います。

そしてこの敗戦が日本サッカーの第一歩になると信じています。

これからも応援しますのでがんばってください。

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2006年6月22日 (木)

よいよブラジル戦です。

ワールドカップ予選最終戦ですね。

この戦いで全てが決まります。

悔いの内容に全力でがんばってください。

心から応援してます。

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2006年6月21日 (水)

懐かしいな…

今日、あまりに退屈なので街を歩いていって

ふっと、古CD屋に何気なくはいったんだ。

そうしたら懐かしCDを見つけたんだ。

CAGE&ASKAのASKAのソロアルバム「SCENE2」です。

このアルバムは、俺にとって思い出深いアルバムで高校の時にあこがれていた女性とよくきていたものなんだ。

この度、その女性が俺のサッカーの先輩と結婚することになりその報告しにに会いに来た時にカラオケに行きました。 俺はこのアルバムから「はじまりはいつも雨」と「けれど空は青」の2曲を歌いました。

そうしたらその彼女が「懐かしね。よく一緒に聞いたよね、覚えてるよ。」なんて話しをしたばかりだからつい買ってしまいました。

そんな、昔のことを思いながら聞いたら、なんだかすこしセンチでとても優しい気持ちになりました。

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2006年6月20日 (火)

久々にスカッシュにたです。

最近、ワールドカップのことばかり書いていたせいか。

すっかりサッカーに夢中になっています。

しかも寝不足です。

昨日、スカッシュをやってきました。

2時間やった後に友達のTが教えてくれと来たので1時間休みなしでいっしょにやったら疲れてしまいダウンしました。

さすがに休みなしで計3時間はきついです。

せっかくうまいAさんがいたのにやることができず残念なことをしました。

確かに上手い人と練習すると上手くなります。でも俺は、それは基本ができてのことだとおもいます。相手が格下や初心者に教えることによって基本が見直せると俺は考えています。

だからこれからも変わらずに初めての人、自分より格下の人、そして自分より上手い人と楽しくスカッシュをしていきたいと思います。

P.S

スカッシュをやっている人、始めたい人、興味がある人がいたらコメントをください。

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2006年6月19日 (月)

希望を捨てないで

ワールドカップ、予選グループF日本対クロアチアは、引き分けでした。

まだ決勝トーナメントにいける可能性が残っています。 

奇跡を信じて最後のブラジル戦を全力で戦ってほしいです。

もしかしたらブラジル戦がこれからの日本サッカー界の未来を左右するかもしれません。

そういう気持ちをもってがんばってください。

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2006年6月13日 (火)

無念

サッカー、残念でしたね。

得点を取りに来た相手に完璧にデフェンスラインを下げられましたね。

まだ2試合あります。奇跡を信じて応援します。

がんばれ日本!!

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2006年6月 7日 (水)

受難つづきの初代ワールドカップトロフィー

現在のワールドカップトロフィーは、二人の競技者が地球を支えているデザインで、高さ36cm、重さは4970gの18金製で名前はズバリ「FIFAワールドカップ」です。

実は、この「FIFAワールドカップ」は2代目で初代トロフィーは別にありました。ワールドカップ創設の立役者ジュール・リメ元FIFA会長の名前をとって「ジュール・リメ杯」と呼ばれていました。

重さ4㎏の純金製。当時は金相場も高く、地金だけで1千万円を超える価値があったそうです。

最初の受難は、第二次世界大戦時のこと。1938年の第3回大会でイタリアが優勝した翌年に第二次世界大戦が勃発したのですが、イタリアは当時、ファシスト政権でした。

戦況が悪化し窮地に立たされはじめたころ、角界に「貴金属の提供命令」を出したのす。4㎏の純金製だった「ジュール・リメ杯」もその格好の対象になり、いつもって行かれるかわかったものではありません。このトロフィーを守るべく東奔西走したのが、当時、イタリア・サッカー連盟のだったバラッシ会長。靴箱の中にトロフィーを入れベッドのしたに隠していたという逸話がありますが、実際には銀行の金庫に厳重に保管されていたそうです。いずれにしても、バラッシ会長の努力によって、トロフィーは無事に生き延びました。

今度は、1966年イングランド大会の開幕4ヶ月前に、何者かによって盗まれてしまったのです。それは、ロンドンのセントラル・ホールで転じしていたときに起きた事故。4ヶ月後に自国で開催されるワールドカップのトロフィーを紛失したという、とんでもない出来事に、ロンドン警察の威信にかけた捜査が続きましたが、トロフィーは出てきません。

「トロフィーなしでワールドカップを迎えるしかないのか」という空気が漂い開幕1週間前、なんと犬が見つけだしたのです。その英雄の名は、ピクルス。見つけた場所は、ロンドン南部ノーウッドのゴミの山。新聞紙に包まれた状態で発見されました。開幕前ににつかりひとまず安心。ワンちゃんの大手柄に、ロンドン警視庁は嬉しいやら情けないやら…

受難は更に続きます。1983年に再度盗難にあいました。ブラジルのリオデジャネイロのブラジル・サッカー連盟事務局に展示されたときにぬすまれました。

実は、「ジゥール・リメ杯」は、最初に3度の優勝を成し遂げた国が、「永久保存の権利」が与えられるという規定がありまし、1970年にブラジルが3度目の優勝を果たしたことから、ブラジルに永久保存されていたのです。その「永遠の栄光」が盗まれたということで大騒ぎ。                                                               

懸命の捜査が続きましたが、今日に至るまで見つからずじまい。溶かされて金塊になった、と一般にいわれています。ワールドカップの歴史と同様に波瀾万丈の生涯を、謎のうちに閉じてしまったというわけです。

この経験から、1994年のアメリカ大会で4度目の優勝を達成したブラジルは「FIFAワールドカップ」を厳重に保管。銀行の金庫に7つもの鍵をかけて保管したそうです。

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2006年6月 1日 (木)

W杯事件簿3/キーパーの迷演技

第14回ワールドカップイタリア大会南米予選ブラジル対チリの出来事です。

この試合に勝てば本大会出場が決まるお大事な試合。両チームとも必勝態勢でいどんだのです。

試合は息づまる攻防戦。前半0対0。均衡を破ったのは後半4分、ブラジルの先制ゴールでした。ブラジルはその後も1点の追加点挙げ、このまま行けばワールドカップ出場かというときに事件は起こりました。

後半25分、発煙筒がちりのキーパー、ロハス選手めがけて発煙筒が投げ込まれました。発煙筒は、ロハス選手を直撃しました。

ロハス選手は倒れ込み顔面血だらけ。

敵のサポーターからそんなことをされ、守護神を失った状態で試合をするのは不可能といわんばかりに、ロハスの退場とともにチームメイトも退場してしまいました。

試合はチリの試合放棄になり、規定に従ってブラジルが勝ちました。

もちろん、チリは納得するわけがありません。FIFAに無効試合ということで提訴。中立国での再試合を要求しました。

心情的な話しですが、そのあと、とんでもない事実が発覚しました。

ロハスのあの血みどろの光景は、演技だったことが、写真で発覚しました。

このまま試合が続けばチームが負けてしまう、その前に事故を起こして試合をノーゲームにしてしまおうという魂胆だったのでしょうか。

この前代未聞の迷演技で、ロハスは所属チームを解雇され、サッカー界から姿を消してしまいました。

チリのサッカー協会にも約1千万円の罰金と、1994年アメリカ大会への出場停止という、さらに手痛い罰がかせられました。

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